2020年春季学術大会・春季総合研究会     [オンライン開催]

6 月 13 日(土)に実施を予定しておりました2020年度春季学術大会(博論報告研究会・春季総合研究会)は、新型コロナウイルス感染拡大のため、当初 予定していた東京大学本郷キャンパスでの開催をとりやめ、オンライン上で大会を開催することといたしました。従来の春季大会とは開催方法・参加方法が大きく異なりますので、以下の「手引き」と「スケジュール」を必ずご確認ください。

2020年度春季学術大会 参加者の手引き
春季総合研究会スケジュール

参加申請は下記の申し込みフォームから6月10日までにお申込みください。ここから申し込まれないと参加いただくことができません(「お知らせ」の内容を再掲)。https://forms.gle/ZYbsBhXsfxux3JxZA


日時:2020年6月13日(土)13:00~17:00  [オンライン開催]

テーマ:日本における「外国人問題」の歴史的位相―「共棲」視点からの「公共圏」への問い―

問題提起 浅田 進史(駒澤大学)

報告者と論題
1.上田 誠二(日本女子大学)「戦後日本における「混血児」のエスノグラフィーから現在に連なる社会の不条理を問う―不協和音と不寛容の社会史をめぐって―」
2.安岡 健一(大阪大学)「「国際化」時代の地域社会の変容―大阪府豊中市における在日コリアンへの教育を事例に―」
3.齋藤 俊輔(大東文化大学)「ブラジル人コミュニティと地域社会―群馬県大泉町におけるブラジル人学校の成立とこれまでの歩みから―」
4.井上 貴子(大東文化大学)「首都圏在住ニューカマーインド人のコミュニティ形成―家族形成,学校教育,文化活動をめぐって―」

コメント
1.在日朝鮮人史研究の視点から        鄭 栄桓 (明治学院大学)
2.アイデンティティ・コミュニティ・共棲,そして公共圏へ? 小田中 直樹(東北大学)

司会 小島庸平(東京大学)・中村千尋(千葉大学)

趣  旨

 21世紀がはじまった2001年の9・11同時多発テロ事件以降,この20年もの間に世界各地では,民族間・宗教間対立の様相を呈した紛争やテロ,あるいは人種差別的な暴力行為が激しさを増してきた.このような対立が深化する背景には,ポストコロニアルな文脈の諸問題,当該社会の経済的格差をめぐる問題,あるいはグローバル化の時代における移民労働の問題などが存在する.非対称な権力関係のなかで,支配的あるいは被支配的な立場にある者がそれぞれの論理に根差した文化的アイデンティティにもとづいて民衆感情を煽りたて,それがマイノリティ差別と暴力の連鎖を生んでいることにかんがみれば,アイデンティティをめぐる政治力学は,政治経済学と切り離せない関係にあることがわかるだろう.

 2000年代から政治経済学・経済史学会は,春季・秋季の学術大会で「公共性」について様々な視点から検討を重ねてきた.秋季学術大会をみれば「グローバル化」と「公共性」をテーマに掲げた共通論題が交互に取り上げられている.これは,この二つのテーマが共振するものであることを示しており,グローバル化時代の国民国家を越境する人の移動は,この二つを架橋するテーマである.今日,少子高齢化にともなう労働力人口の減少に直面する日本は,労働力としての移民を積極的に導入する方向へと政策を転換し,教育の現場でも「異文化理解」・「多文化共生」を目的とするプログラムが導入されるようになっている.

 現代日本における外国人労働者に関する研究では,1980年代後半に一つの画期をみている.それは,高度経済成長期を支えた農村部から都市部への大規模な人口流入が一段落した後,バブル経済に突入した日本経済に不足した労働力を補うために,開発途上国から外国人労働者が求められるようになった時期である.資格外の就労者の急増を受け,1989年に「出入国管理および難民認定法」,いわゆる改正入管法が成立,翌年に施行された.それ以降,外国からの非熟練労働者の受け入れを建前として否定しつつ,低賃金労働の担い手として日系人,研修生・実習生,就学生が労働の現場に参入することになった.2018年にふたたび改正され,2019年4月に施行された出入国管理法は,「専門的・技術的分野」以外の14業種にも新たな在留資格を設け,外国人労働者の受け入れの枠を広げた.2018年末に在留外国人数は273万人にのぼり,総人口の2%を超えている.

もはや日本社会の「公共」の空間と時間は,想像された均質な「日本」を前提に議論し続けることを困難にしている.くわえて,かつてハーバーマスが想定した,理性的な存在としての「個」を確立した市民が合意を形成するアリーナとしての「公共圏」概念にもとづいて,現在の日本社会における公共性を議論することもあまり意味をなさないだろう.つねに開かれた存在であるはずの公共圏は,その理性の要求によって人々を包摂すると同時に,排除をも生み出す矛盾を抱えている.この視点に立つならば,現代日本社会に住む「外国人」を問題化するさまざまな議論は,結局のところ日本社会への統合と同化の圧力の問題へと帰着するのではないか.

この公共圏とは異なる新たな視点として,ここではジュディス・バトラーのいう「共棲(cohabitation)」をとりあげたい.「共棲」は結婚制度を介せずにパートナーと同居することを意味するが,これを地球全体に当てはめた場合,それは「共棲」の相手や空間が自ら選択することができない依存関係を指している.注意すべきは,その選択不可能性がつねに不安定性や「傷つきやすさ」を生み出すことである.「共存(coexist)」や「共生(live together)」よりも,踏み込んだ関係性を示す「共棲」概念は日本社会の「外国人問題」の現実にいっそう迫れるのではないか.これは,近年,フェミニスト地理学者の間で議論される「親密性の地政学」と深く関係する.結婚,家族形成,育児,教育といった諸問題は,移民や外国人労働者をめぐる議論に新たな視点を示している.この共棲の視点から日本の「外国人問題」を捉えるならば,生活と密着した場から,多様なアイデンティティをもつ人びとの間の関係性の構築を議論することになるだろう.ここでの4報告は,なかでも教育と地域社会の関係を軸にこの問題に接近していく.まず,上田誠二報告は,戦後・占領・高度経済成長期にかけての「混血児」の教育・社会経験を浮き彫りにし,それらがいかに現在の日本社会の様々な矛盾と連なってきたかを論じる.続く安岡健一報告は,1970・80年代の公立学校での在日朝鮮人の子どもたちへの取り組みについて,大阪府豊中市を事例に検討する.齋藤俊輔報告および井上貴子報告は,グローバル化が進む2000年代以降の動向について,群馬県のブラジル人学校と首都圏のニューカマーインド人向けの学校を取り上げて考察する.これらの報告に対して,鄭栄桓・小田中直樹両名のコメントをいただく.本学会会員のみならず,関心のある方々の来場と積極的な議論への参加を願うものである.